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なぜ招き猫は、手を挙げているのか

物語とキャラ · 2026-07-14 · 約1,800字 · 約3分

目次 (5)
  • 右手と左手で、呼んでいるものが違う
  • 豪徳寺に行けば、ひとつのことがわかる
  • 色が増えたのは、なぜか
  • 商品になりきった縁起物のこと
  • あなたの近くの招き猫は、どちらの手を挙げているか

子どもの頃から、あの白い猫の置物をどれだけ見てきただろう。商店街の入り口、ラーメン屋の棚の上、パチンコ屋の受付の脇——どこにでも座っていて、片手をあげている。「縁起物だから」でずっと片づけてきた。

ある日ふと気になった。右手なのか、左手なのか。そもそも誰に向けて、何を招いているのか。

右手と左手で、呼んでいるものが違う

調べてみると、思ったよりも明快だった。

右手(前足)を挙げていれば金運を招く。左手を挙げていれば、客や人を招く。

たったそれだけなのに、私はちゃんと考えたことがなかった。ということは、毎週通っていたあの定食屋の招き猫は、左手だったはずだ。次に行ったとき、確かめてみようと思う。

両手を挙げているものもある。欲張りすぎ、とからかわれることがあると聞くが、どちらの手も下ろせない理由があったのかもしれない——と想像すると少し愛おしい。むかしから「万能を祈る猫は何も守れない」という冗談めかした言い方もあるらしく、両腕を上げた猫は、切ないような、頼もしいような、妙な存在感がある。

豪徳寺に行けば、ひとつのことがわかる

招き猫の起源として最もよく語られるのは、東京・世田谷の豪徳寺の話だ。

江戸時代、井伊直孝という武将が寺の前を通りかかったとき、門のそばに座っていた猫が片手を挙げた。なんとなく引き寄せられて足を止めたところ、直後に落雷があった——猫の手招きが命を救った、という話だ。直孝はのちに寺の大檀那となり、厚く保護したと伝えられている。

豪徳寺には今も、参拝者が奉納した大小さまざまな白い招き猫が、屋外の棚にずらりと並んでいる。金の鈴もコインも持っていない。ただ右手を挙げているだけの猫が、何百体も同じ方向を向いて並んでいる。賑やかさとは違う、静かな圧があって、なぜかちょっと胸に来る。

招き猫の手は、「待っている」という姿勢そのものだ。 動かず、叫ばず、ただ片手を挙げて、誰かが来るのを静かに待っている。祈りというより、呼びかけ。主張というより、提案。それが長く愛されてきた理由のひとつかもしれない。

もうひとつの起源として、浅草の今戸神社の話もある。貧しいおばあさんが飼い猫をモデルに土人形をつくって売ったのが始まり、という。どちらが正しいかは決着がついていない。縁起物の起源なんて、そういうものだ。語り継がれる話の数だけ、それを必要とした人がいたということだろう。

色が増えたのは、なぜか

最近の招き猫はカラフルだ。白、金、黒(魔除け)、ピンク(恋愛運)、緑(学業・健康)、赤(病除け)——それぞれに意味が割り当てられている。

正直に言うと、ピンクが恋愛、緑が学業というあたりは、かなり後付けの印象を受ける。工芸品の産地や土産物産業が品目を増やす過程で、意味もそれに合わせて整理されていったのではないか、と個人的には思っている。

それを「薄める」とは言いたくない。縁起物の意味というのは、固定されているわけでなく、時代とともにじわじわ変わってきたものだ。白と金の区別、右手と左手の区別——そこだけが比較的古い骨格で、色のバリエーションはその後の拡張と見ておくと、少し整理しやすい。もちろん、ピンクを「恋愛」と信じて棚に置いた人の気持ちが薄まるわけではない。

商品になりきった縁起物のこと

空港の土産店に並ぶ量産品の招き猫、企業のキャラクターとしての招き猫、限定カラーの招き猫——それを見て、なんとなく居心地が悪くなる人もいるだろう。「もう祈りじゃない」と感じるのも、わかる。

ただ、二十年同じ棚に座っている小さな食堂の招き猫と、空港でセット売りされている招き猫は、同じ形でも別のものだと思う。意味を支えているのは、起源でも素材でもなく、文脈だ。職人が続けられるのは売れるからで、広く知られるのは流通するからで、その裏側に商業があること自体は、責めにくい。表裏一体、とはそういうことだ。

あなたの近くの招き猫は、どちらの手を挙げているか

今日も、どこかにかならずいるはずだ。コンビニの前かもしれないし、近所の食堂の棚かもしれない。

今度通りかかったとき、ちょっとだけ確かめてほしい。右手か、左手か。その店が誰に来てほしいと思っているのか、招き猫は黙ったまま、ちゃんと教えてくれている。

言われてみれば——私はずっと、見ていたようで、見ていなかった。あなたの近くの猫は、どちらを向いているだろう。


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