なぜ日本人は、マスクをよくつけるのか
日常 · 2026-06-03 · 約1,500字 · 約2分
目次 (4)
- 理由は、いくつかある
- 「顔を隠す」という、もうひとつの役割
- 影の部分も、本当にある
- 言われてみれば、私たちは
電車に乗ると、隣の人がマスクをつけている。コンビニでも、学校でも。花粉の季節が終わっても。外国人の友人に「なんで?」と聞かれると——そういえば、なぜだろう。
理由は、いくつかある
まず観察できることを先に言っておく。
花粉症の季節(2〜5月)になると、マスクが空気のように広がる。環境省の調査では、日本の人口の30〜40%程度が何らかの花粉アレルギーを持つとされている。この数字だけで、春の朝の通勤電車の風景はほぼ説明がつく。
それに加えて、「風邪をうつさない」という意識がある。電車の中でせきをすること自体が、長年、少し申し訳ない行為として扱われてきた。マスクをつけることは、他者への小さな配慮として静かに定着している。新幹線で静かにしたり、エスカレーターで端によったりするのと、同じ種類の習慣だ。
ただ、それだけでは説明しきれない場面がある。9月の晴れた火曜日のマスクを、花粉では説明できない。
「顔を隠す」という、もうひとつの役割
ここから先は、個人的な読みとして聞いてほしい。
マスクをつけていると、表情が見えない。それが、ある種の安心感をもたらすことがある——のかもしれない。毎朝、何十人もの見知らぬ人と密接な空間を共有する日本の通勤では、「顔を管理しなくていい」という小さな解放が、意外と大きかったりする。疲れていても、少し気が沈んでいても、それが周囲に読まれにくくなる。
マスクは外向きには「うつさない盾」だが、内側には「見せなくていいカーテン」でもある。そういう使われ方をしている部分が、おそらくある。
もちろん、全員がそう感じているわけではない。あくまでひとつの読みだ。
影の部分も、本当にある
便利な盾は、同時に壁にもなりうる。
表情が読めない。笑顔が届かない。会話のニュアンスが変わる。コロナ禍以降、「ずっとマスクしていたせいで、人の顔を読む力が落ちた気がする」「表情のやりとりが何かスムーズでなくなった」という声が出てきた。感情的な距離が、気づかないうちに少し固定されていたのかもしれない。
マスクをはずすことへの小さな解放感を語る人がいる。それも本当のことだと思う。美しい習慣の話だけで終わらせると、何かが抜ける。
言われてみれば、私たちは
マスクをつけることがいつ「ふつう」になったか、改めて問われると答えが出ない。
感染対策として始まり、配慮として定着し、気がつけば習慣になっていた。そこに「顔を出さなくていい静けさ」が少しずつ重なって——。
あなたは今日、どんな気持ちでマスクをつけているだろう。
主な参照
- 環境省「花粉症環境保健マニュアル」
- NHK Web・朝日新聞デジタル(コロナ後のマスク着用に関する報道、2022〜2025年)
- 日常の観察にもとづく個人的な読みを含む
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