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なぜ日本人は、「よろしくお願いします」をよく言うのか

言葉と感じ方 · 2026-06-08 · 約1,200字 · 約3分

目次 (4)
  • 初対面で、何をお願いしているのか
  • まだ起きていない関係への先手
  • 「いただきます」と似た構造
  • 使いすぎという陰

名刺を受け取って一礼した後、「よろしくお願いします」と言う。メールを送るとき、本文の最後に「よろしくお願いいたします」と添える。スポーツチームの練習が始まる前、「よろしくお願いします!」と声が揃う。

同じ言葉が、初対面・依頼・挨拶・謝罪・締め括りの全てに現れる。どういう言葉なのか。

初対面で、何をお願いしているのか

「よろしくお願いします」の「よろしく」は、「よろし(宜し)」——ちょうどよい・適切だ——に由来するとされる。「よろしくお願いします」は「(うまくいくように、適切なように)お願いします」という表現が定型化したものだ。

初対面で言う「よろしくお願いします」は、まだ何も起きていない段階での先手だ。「これからお世話になります」「うまく付き合ってほしい」「この関係がうまくいくことを、今から願っています」——それらが折り重なっている。

相手への依頼であり、関係への祈りでもある。

まだ起きていない関係への先手

この先手の構造は、日本語の他の表現とも重なる気がする。

「すみません」は相手に手間をかけた(あるいはかけるかもしれない)という感覚から来ており、謝罪にも感謝にもなる。「いただきます」は食べる前に受け取る姿勢を示す。「よろしくお願いします」は、まだ始まっていない関係に先に礼を尽くす。

これらに共通するのは「起きる前に、または起きながら、丁寧さを先に置く」という構造かもしれない。

一つの読み方として:日本語には、未来の関係や可能性への礼儀を先行させる言葉がある。事後に感謝するだけでなく、事前に頭を下げる言葉の多さは、日本の暮らしが「その先の誰か」をよく意識するという感覚とつながっているかもしれない。

「いただきます」と似た構造

「よろしくお願いします」と「いただきます」には似た構造がある。どちらも、「これから何かを受け取る(または受け取ろうとしている)」という姿勢を言葉にしたものだ。

「いただきます」は食べ物を受け取る前の礼、「よろしくお願いします」は関係や働きかけを受け取る前の礼とも言える。

これは解釈であって、公式な語源の一致ではない。

使いすぎという陰

もちろん、「よろしくお願いします」は使いすぎることもある。

ビジネスメールのすべての末尾に自動的につけられる「よろしくお願いいたします」は、意味が薄れた定型文として機能している面が大きい。言葉が多すぎることで、一つ一つの重さが軽くなる——これは丁寧語一般に起きる問題だ。

「形だけのよろしく」が増えると、本当に何かを願っている「よろしく」の重さが伝わりにくくなる。これも、丁寧さの文化が持つ陰の一つだと思う。


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